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野施行(のせぎょう)

こんこんさん

『The Songlines』の中に、アーネスト・トンプソン・シートンの『ティートー
知恵のついたコヨーテの話し』(原題:『Coyotito』)について書かれてい
る部分があります。

人間に捕まり、虐待されたコヨーテが、ある日死んだふりをして逃げ出しま
す。そして、森に戻り、人間の世界で学んだコヨーテたちを危険にさらすも
の、つまり、武器、わな、毒などについて、仲間に教えて行きます。やがて
コヨーテたちは知恵をつけ、人間の狩猟にかかりにくくなり、絶滅するこな
く、今の時代も生息しつづけている、という物語です。

本を読んで、とても違和感を感じたのは、シートンが、コヨーテの賢さを賞
賛する一方で、物語に登場する人間をみな、醜く愚かで残忍で救いようのな
い生き物として書いていることでした。彼の人に対する憎しみのようが感じ
られたのです。

たとえば、オオカミ捕りのジェークはいつも二日酔いで、短気で、だらしな
く、オオカミに懸けられた賞金のことばかりを考えていました。

牧場主の子供、リンカーン少年は、コヨーテを相手に投げ縄の練習をし、大
型のわなを試し、毒餌を与えみるなど、好奇心のままに、コヨーテをいたぶ
ります。


「人間は、自分たちの欲望を満たすために、動物たちの命のみならず、この
地球自体を破滅に追いやろうとしている」


この考え方、頭では理解できるとしても、こう思いながら人間として生きて
行くのは正直つらいです。

もっと、人間と動物がまぐあえる、お互いの命の中間にある落とし所のよ
うな在り方はないのでしょうか。


          --- ☆ --- ☆ --- ☆ ---


かつて日本には野施行(のせぎょう)という庶民の習慣があったそうです。

冬の間は狐や狸が飢えているので、施行すると応報があるといって、狐塚や
狐穴に赤飯や油揚げなどをお供えして廻ったそうです。

僕の大好きな藤山寛美さんのお芝居『笑説 吉野狐』にも、この野施行が登場
します。


主人公の島三郎は商売に失敗し、親から勘当されてしまいます。川に身を投
げようとしていたとき、通りすがりの男性に助けられ、その男性の勧めでう
どん屋を始めます。

すると、かつて島三郎が一方的に思いを寄せていた美しい女性、吉野が訪ねて
きます。吉野は島三郎のところに嫁がせてほしいと迫ります。しかも、今ま
でに自分が働いて稼いだ貯金と一緒に。

二人はめでたく結婚。美人の女将がいるということもあり、うどん屋は大繁
盛。でも、実はこの吉野はかつて島三郎が助けた狐の化身。店に本物の吉野
が来て、ばれてしまいます。


島三郎:「お前はいったい何じゃ。
     何や言え、言え、言わんのか」

吉 野:「まことのことを申し上げます
     ころは今年の如月(きさらぎ:陰暦で二月)の
     寒風激しく降り積もる雪の大和は吉野山。
     麓の野辺に住まいうる私こそ、無官の狐でございます。
     親子五匹がひもじさに、難事をいたすそのおりに
     お恵みありし小豆飯、油揚げもろともちょうだいなし
     親子五匹の命助かり、せめてご恩にむくいんと
     吉野の君の姿を借り、あなた様を訪ねてまいったのでございます。」

島三郎:「思い出した! 思い出した!
     そうか、あの時、吉野へ野施行やろうと言うて、
     小豆飯、油揚げ炊いて、それもって弁当作り、
     大和路さして吉野へ行った。

     その時に、にわかに空が掻き曇り、
     こりゃあ嵐になる、はよ戻れと
     持ってきた弁当をその場に投げ捨て。

     わしらが帰ったその後で、
     腹減らしたお前達が、親子が命ながら得た。
     その礼に、吉野の姿を借りて、恩返しにきてくれたのかあ。」


自分が恋した女性に化け、しかもお金まで持って恩返しに来てくれる。
なんとも艶っぽくしおらしく、人心を心得た狐なのだろう。


          --- ☆ --- ☆ --- ☆ ---


もしかしたら、あなたのそばにいて、いつもあなたを助けてくれている優し
いその人は、あなたがかつて愛でた子犬、もしくは大切に育てた草木かもし
れません。

ためしに、聞いてみたらどうだろうか。

 「お前はいったい何者じゃ。」

いや、やはり、聞かずにおきましょう。

そのかわり、感謝の気持ちをこめて、そっと赤飯と油揚げをお供えしましょ。


◆参考
・『シートン動物記[3]』(アーネスト・トンプソン・シートン)
・『笑説 吉野狐』(藤山寛美)
・『復活珍品 上方落語選集』(桂文我)

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コメント

鶴の恩返しとか浦島太郎とか日本の民話にはこういうの結構ありますね。(フジパンの「民話の部屋」でみたら「動物の恩返し」というジャンルがあって17本も載ってました。)
日本は基本的に農耕民族で狩猟の対象として動物と敵対していた人が少ないからでしょうか? 作物が動物に荒らされるということも割合としては少なく影響がないのかな? 外国にはこのような動物が恩返しに来る民話ってあるんですかね? 狩猟民族だと常時敵対関係にあるからそのような感情は生まれにくいのかな?

絵本『こんこんさまにさしあげそうろ』の中では、野施行のことをこんな風に説明していました。

-- ☆ -- ☆ --

「にいちゃん、おじんちゃんたちが、のせぎょう、のせぎょうというとったけど、なんのこと?」

「のせぎょういうのはな、雪が降って食べ物が無くなると、キツネたちが村へニワトリを盗みに来るやろ。そんな 悪いことをしないように、お稲荷さまにお願いのお祭りをして、お供え物を分けてやることや」

「冬一番寒い大寒の晩にするんやって」

「ふーん、それでキツネの好きな小豆飯と、油揚げと川雑魚をそなえるんか」


-- ☆ -- ☆ --


日本でも、「自分のにわとりがキツネに襲われる」という敵対関係はあったんですね。

やっぱり深いところで感じるのは、日本人の「人間もキツネもどこかで同じ、どこかで繋がっている」とい言う感覚。もしくは、因果応報という仏教的な考え方かなあ。

大寒の晩、今年は1月20日。もう直ぐですね。

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