野施行(のせぎょう)
『The Songlines』の中に、アーネスト・トンプソン・シートンの『ティートー
知恵のついたコヨーテの話し』(原題:『Coyotito』)について書かれてい
る部分があります。
人間に捕まり、虐待されたコヨーテが、ある日死んだふりをして逃げ出しま
す。そして、森に戻り、人間の世界で学んだコヨーテたちを危険にさらすも
の、つまり、武器、わな、毒などについて、仲間に教えて行きます。やがて
コヨーテたちは知恵をつけ、人間の狩猟にかかりにくくなり、絶滅するこな
く、今の時代も生息しつづけている、という物語です。
本を読んで、とても違和感を感じたのは、シートンが、コヨーテの賢さを賞
賛する一方で、物語に登場する人間をみな、醜く愚かで残忍で救いようのな
い生き物として書いていることでした。彼の人に対する憎しみのようが感じ
られたのです。
たとえば、オオカミ捕りのジェークはいつも二日酔いで、短気で、だらしな
く、オオカミに懸けられた賞金のことばかりを考えていました。
牧場主の子供、リンカーン少年は、コヨーテを相手に投げ縄の練習をし、大
型のわなを試し、毒餌を与えみるなど、好奇心のままに、コヨーテをいたぶ
ります。
「人間は、自分たちの欲望を満たすために、動物たちの命のみならず、この
地球自体を破滅に追いやろうとしている」
この考え方、頭では理解できるとしても、こう思いながら人間として生きて
行くのは正直つらいです。
もっと、人間と動物がまぐあえる、お互いの命の中間にある落とし所のよ
うな在り方はないのでしょうか。
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かつて日本には野施行(のせぎょう)という庶民の習慣があったそうです。
冬の間は狐や狸が飢えているので、施行すると応報があるといって、狐塚や
狐穴に赤飯や油揚げなどをお供えして廻ったそうです。
僕の大好きな藤山寛美さんのお芝居『笑説 吉野狐』にも、この野施行が登場
します。
主人公の島三郎は商売に失敗し、親から勘当されてしまいます。川に身を投
げようとしていたとき、通りすがりの男性に助けられ、その男性の勧めでう
どん屋を始めます。
すると、かつて島三郎が一方的に思いを寄せていた美しい女性、吉野が訪ねて
きます。吉野は島三郎のところに嫁がせてほしいと迫ります。しかも、今ま
でに自分が働いて稼いだ貯金と一緒に。
二人はめでたく結婚。美人の女将がいるということもあり、うどん屋は大繁
盛。でも、実はこの吉野はかつて島三郎が助けた狐の化身。店に本物の吉野
が来て、ばれてしまいます。
島三郎:「お前はいったい何じゃ。
何や言え、言え、言わんのか」
吉 野:「まことのことを申し上げます
ころは今年の如月(きさらぎ:陰暦で二月)の
寒風激しく降り積もる雪の大和は吉野山。
麓の野辺に住まいうる私こそ、無官の狐でございます。
親子五匹がひもじさに、難事をいたすそのおりに
お恵みありし小豆飯、油揚げもろともちょうだいなし
親子五匹の命助かり、せめてご恩にむくいんと
吉野の君の姿を借り、あなた様を訪ねてまいったのでございます。」
島三郎:「思い出した! 思い出した!
そうか、あの時、吉野へ野施行やろうと言うて、
小豆飯、油揚げ炊いて、それもって弁当作り、
大和路さして吉野へ行った。
その時に、にわかに空が掻き曇り、
こりゃあ嵐になる、はよ戻れと
持ってきた弁当をその場に投げ捨て。
わしらが帰ったその後で、
腹減らしたお前達が、親子が命ながら得た。
その礼に、吉野の姿を借りて、恩返しにきてくれたのかあ。」
自分が恋した女性に化け、しかもお金まで持って恩返しに来てくれる。
なんとも艶っぽくしおらしく、人心を心得た狐なのだろう。
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もしかしたら、あなたのそばにいて、いつもあなたを助けてくれている優し
いその人は、あなたがかつて愛でた子犬、もしくは大切に育てた草木かもし
れません。
ためしに、聞いてみたらどうだろうか。
「お前はいったい何者じゃ。」
いや、やはり、聞かずにおきましょう。
そのかわり、感謝の気持ちをこめて、そっと赤飯と油揚げをお供えしましょ。
◆参考
・『シートン動物記[3]』(アーネスト・トンプソン・シートン)
・『笑説 吉野狐』(藤山寛美)
・『復活珍品 上方落語選集』(桂文我)
ふとしたきっかけで、ある人のことが心に残り、その人のことを深く知りたくなることがあります。
