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直感を鍛えてゆく

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 「わからない単語があっても、その都度辞書で調べない方がいいわ。
 "ここはこんな意味じゃないか?"っていう直感(洞察力)を使うの。」

 「そうやって、読み進めていくうちに、やっぱり、どうしてもその単語の
  意味が気になったら、初めて辞書を使って調べてみる。
  そうやって、自分自身の直感を鍛えて行くことが大切なの。」

 ヘルナンデス先生から、英文を読み進める際のアドバイスをもらいました。

 この方法を試してみました。

 が、一つの文にわからない単語が二個も三個も出てくると、直感を働かすど
ころか、まったく意味が通らなくなってきます。そして、今度は文を読み飛
ばすようになり、やがて、物語の筋がわからなくなり、集中力がなくなり、
ついには読むのを諦めてしまう。そんなことが続いていました。

 一方、週一のレッスンの前に、今度は一単語、一単語、辞書を使い、イン
ターネットを駆使して、時にはウィキペディアの説明をじっくりと読み、一
回のレッスンで進む数ページを数時間かけて予習をしていました。

 ところが、これを繰り返しているうちに、あるとき、一気に『ソングライ
ン』を100ページまで読み進めることが出来たのです。


 直感を鍛える…


 かつて、ポーランドで生活をしていたときのことを思い出しました。

 休みの日、アパートの地下の乾燥室で洗濯物を干していると、管理人の気
の良いポーランド人のおばさんが降りてきて、ニコニコしながら僕にポーラ
ンド語で話し掛けたのです。

 (どうしてまだ独身なの?
  はやく、家事をしてくれるお嫁さんを見つけたらいいのに?)

 当時、僕は全くポーランド語がわかりませんでした。でも、おばさんがそ
う言っていることはわかったのです。

 確認のため、隣にいた英語のわかるポーランド人の友人に訊ねると、「ど
うして、わかったの?」と驚かれてしまいました。

 このアパートに入居するまでの経緯、それまで感じていたおばんさんの人
柄、洗濯を干していたその時の僕の状況、おばさんが話しをしていた時の表
情や身振り手振り等、言葉以外のそれまでに、そしてその時にあったあらゆ
る情報から判断して、彼女が言っていることが直感で理解できたのだと思い
ます。

 
 では、どうして僕は『ソングライン』を読むスピードを、アップすること
ができたのでしょうか。

 最初の10数ページを、時間を掛けながら読み進めるうちに、僕の中でこん
な変化がありました。

 1.これからの物語の流れを漠然と予想できるようになった
 2.チャットウインの書き方のスタイル(癖)のようなものがわかってきた

 これらの情報が、僕の「直感」をより働きやすくしてくれたのだと思いま
す。


 それまで言葉の習得には、論理的に考える能力や単語などの記憶力が必要
と思っていました。TOEICで高得点を取るとか、法律英語を学ぶというのと、
英文学を読むというのでは、英語を学ぶ目的が違うので、一概にいえません
が。

 言葉の習得とは、直感を鍛えること。

 字面には現れない、言葉が伝達しようとしている、目に見えない何かを感
じとる力を育てること。


こんな風に考えるようになってから、"言葉を知る"ということの意味が、別
の姿を持って、僕に見せてくれているような感覚に包まれています。

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コメント

こんにちは。今回の旅路レポートも、なんだか感動的でした。
うまく言えませんが……私にとってとても素敵なインスピレーションに満ちているような……まるで私も、スーッとその旅路に吸い込まれそうな心地よい感覚をおぼえました。
(テーマそのものの求心力はもちろん、おそらく文体がとても読みやすく、それでいてテーマにむかって一気に読ませる力強いインパクトと詩的な余韻がのこる、そのバランスの良い構成のためかと。←これ、密かにすごいと思ってます)

直感を鍛える…

そんな発想、自分が語学を学んでいるときに持ったことはなかったです。
本当に、それは大事なことだなぁと、いま思いました。
すばらしい先生ですね。

ポーランドの洗濯干しのときのエピソード、すごく興味深いですね。

そういえば、先日惜しくも亡くなられたロシア語通訳の米原万里さん。
NHK番組『世界・わが心の旅』で彼女が出演した回、「プラハ・4つの国の同級生」の中で、
米原さんが37年ぶりに再会を果たした同級生の一人ととっていたコミュニケーション形態が、あまりに不思議で印象深かったのです。
先日追悼番組として再放送されました。プラハだから興味を持ってご覧になったかもしれませんが。

米原さんが小学4年生の時から通ったプラハのソビエト学校で使われていたのは、もちろんロシア語。
だから米原さんは、かつてその同級生と話していたロシア語で話すが、相手は英国に暮らして20年以上になり、プラハで学んだロシア語をすっかり(?)忘れてしまっていたので、ひたすら英語で話す。
なのにしっかりコミュニケーションが成立している……そんな英語とロシア語の不思議な会話を何時間でも続ける2人に、驚く番組スタッフ。

米原さんは同級生に、
 「私はロシア語、あなたは英語。2人が違う言葉を話して、互いが分かるのは、とても不思議に見えるそうよ」
とロシア語で伝えると、同級生はすかさず
 「全然 変じゃないわよ!」
と英語で答える。
 「言葉は人をつなぐものにすぎない。私たちはお互いのニュアンスが全部わかるの。だから私たちにとっては意外なことじゃないわ」
と。これ全てきれいなクィーンズ・イングリッシュ。

続けて米原さんは日本語で、撮影スタッフ(カメラ?)に向かって、
 「人間っていうのは非常に面白いもので、絶対に“抽象的な”人間ていうのは居ないんですね。必ずどこかの国に生まれ、どこかの言葉で世界を認知したり人とコミュニケーションしたりしていくわけですよね。“抽象的な”人類の言葉なんてないの。
 それぞれ皆そうやって違うところで育つのに、(自分とその同級生のように)違う言葉で喋りながらお互い分かり合えるというのは、人間というのは非常に類的存在なんだなぁ、同じ種なんだなぁという感じがしますね」
そう米原さんが言い終わると同時に、その同級生は米原さんの方を向き、ニヤッと笑ったのです。
日本語だから(ロシア語と違い、日本語こそ全く学んだ経験がなくて)意味は全くからないはずなのに、やっぱりニュアンスはわかっているのだろうか、と思わせられるすごいシーンでした。

言語って何だろう、人間って何だろう……絆に勝るものはない、言語や国では隔てられない人間の絆がある。そういうことを初めて知らされた体験でした、テレビを通してですが。

μさん、コメント有難うございます。

米原万里さんの番組は見ていませんでした。でも、ロシア語と英語で会話をしていた情景が、なんとなくですが目に浮かぶようです。

ポーランドには日本人のエンジニアと二人で駐在していました。お店に電話のケーブルを買いに言ったときのことです。

英語がわからない店主が、持って来たのは同軸ケーブル。でも僕たちが欲しかったのは、平行ケーブル。

そんなの英語で、ましてやポーランド語でなんて伝えたら良いだろうって、困窮していたとき、外国語が得意とはいえない同僚はいきなり日本語で話し始めました。

「おじさん、おじさん、これじゃなっくてさ。こうやってケーブルがピットでてるやつ。」

怪しげな東洋人の僕らが、ポーランドの電気パーツ店で、身振り手振りの説明。

すると、店主は、にかっと笑い店の奥へ。

「ありゃ、おっさん、わかったぞ。」(同僚)

はたして、店主は得意げな顔をして平行ケーブルを持ってきたのです。


「ターク、ターク、ターク、ジンクイエバルゾ」(同僚)
(そう、そう、そう、ありがとう。)

外国語が彼よりはできる、とちょっと自慢げだった僕は、エンジニア同士の言葉の壁を越えた、コミュニケーションに、正直、かなりショックでした。(^^;

それからです。僕がポーランドの店先で、英語を使うのを止めたのは。微細な感情も込められる日本語を使ったほうが、はるかに通じるのです。

面白いですよね。

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