『The Songlines/ソングライン』を旅する

至福千年とアンリ・フォシヨン
(L'An MIll / Henri Focillon)

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Around the year 1000, I said, people all over Europe believed that a violent end of the world was imminent. How was 'the structure of ther consciousness' any different from our own?

僕はこう言った。「西暦千年になろうとしていたころ、ヨーロッパ中の人々は、世界は終末を迎えると信じ恐れていました。では、当時のかれらの意識構造と現代の我々のとでは、どのように違うのでしょうか。」

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西暦1000年、ヨーロッパの人々は何を恐れていたのだろ。


その僕の疑問に、チャトウィンは、下記の本を紹介する形で、答えてくれました。


■ L'An MIll / Henri Focillon (『至福千年』 アンリ・フォシヨン著)

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至福千年
西欧のあけぼの
L’AN MIL
著者 アンリ・フォシヨン
訳者 神沢栄三

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「至福千年」は、キリストが再臨して千年間の支配を執行し、そののち最後の審判をくだすという一種の終末説をその背景にもっている。そして本書があつかう西暦千年を中心とした時代こそまさに、至福千年説によって喚起された不安・恐怖がクライマックスに達した時代であったことを、フォシヨンはみごとな筆致で追求してゆく。また、オットーのゲルマン支配体制による世界帝国建設のこころみと挫折も、彼の眼差からそれることはない。西暦千年の歴史的情況を、壮大な全体図として生き生きと描き切り、そのなかから、ロマネスク芸術が生まれ、そのヨーロッパ中世が成熟してゆくありさまを、フォシヨンはすぐれた叙事詩のおもむきをもって再現する。
「西欧の芸術」、「形の生命」などによって著名な美学・美術史家であるアンリ・フォシヨンが同時に一流の歴史家でもあることを、この著者はみごとに証明している。


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「至福千年」の著訳者:アンリ・フォシヨン
Henri Focillon
1881年、ブルゴーニュ地方のディジョンに生れる。エコール・ノルマルで古典古代文学を学ぶ。1913年、リヨン大学近代美術史講座を担当、同時にリヨン市立美術館館長に就任。1925年、エミール・マールの後任として、パリ大学の古美術学及び中世芸術史講座主任教授となる。1933年、イエール大学に招聘。1938-39年、コレージュド・フランスで講義。第2次世界大戦の勃発とともにアメリカに移住。1939年よりイエール大学で美術と古美術学講座を担当。戦中は自由フランスのスポークスマンとして活躍したが、フランス解放を待たず、1943年、ニュー・ヘイヴンで没。邦訳されている著作としては、本書のほかに、『ロマネスク彫刻』(1931、中央公論社、1975)、『形の生命』(1934、岩波書店、1969)、『西欧の芸術』(1938、鹿島出版会、1970-72)がある。

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▽参考引用 みすず書房


2000年問題と不安を煽り立てたり、ミレニアムとお祭り騒ぎをしていた根底には、この至福千年の考え方があったんですね。8年たって初めて知ったのでした。