砂漠を彷徨う

『Songlines』を読み進めるうちに、チャットウィンの砂漠に対する特別な
思いを随所に感じます。
スーダンの砂漠でしたたかに生き抜く遊動民ベジャの記述でもそう感じま
した。彼の写真集『Winding Path』もサハラの写真から始まっています。
先日のレッスンで、こんな文章に出会いました。
主人公のブルースが、アボリジの長老に会いに行く前に、その友人である
アイルランド人のテレンス神父に会いに行くシーンです。
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Father Terence had found his “Thebaid” on the shores of the
Timor Sea.
テレンス神父はティモールの海岸で彼の”ティーベイド”を見つけていま
した。
(『Songlines』 63ページ)
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Thebaid(ティーベイド)とは、古代エジプトの南部の地名。アヴュドスから
アスワンに存在した地域の名前。五世紀には、たくさんのキリスト教の隠修
士たちが集まり、祈り、瞑想した、一般社会とは隔絶された場所であったよ
うです。
「40年砂漠をさまようことは、心の変革をもたらす」と考えられていたよ
うです。
『Songlines』に登場するテレンス神父は、ティモール海を望む海岸にある
人里離れた古家を修繕し、そこで隠遁生活を送っていました。最低限の物し
か所有しない砂漠での生活の中から、宗教者の彼にとって大切な事柄を悟っ
てゆきます。
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“To be lost in the desert was to find one’s way to God.”
砂漠の中で迷い彷徨うことは、神への道を見つけることだった。
(『Songlines』 64ページ)
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砂漠を山に置き換えると、僕には理解しやすいことに気づきました。
キリスト教の砂漠での隠匿生活jは、かつて行者たちが、山を巡り歩き修行
を続けた山岳信仰ににている。
乾いた砂漠と湿った山道。
とても異質で相反する世界のようでもあり、一方で、その体験の奥深で行
き着く場所は、どこかでしっかりとつながっているような気がしています。

