イギリス人にとってのアフリカ
イギリス人にとってアフリカ、そしてスーダンとはどんな意味を持つ場所
なのでしょうか?
ブルースが20代の頃、サザビーという大手のオークション会社で働いてい
ました。若いにもかかわらず、現在絵画の専門家として将来を嘱望されてい
たそうです。
ところが、ある朝目覚めると、目が見えなくなっていました。医者には、
あまりにたくさんの絵を、目に近づけすぎて見みていたため。たまには、どこ
か地平線の見えるようなところにいって、目を休めたらどうかと勧められます。
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「いいですね。」と僕は言った。
「どこか行きたいところがあるのかな?」(医者)
「アフリカです。」
会社の会長は、僕の目になにか問題があることには認めたが、僕がなぜア
フリカに行かなければならないかということについては理解することができ
なかった。
僕はアフリカに旅立った。スーダンに。僕の視力は現地の空港に到着する
時までには回復していた。
僕は物売り用のフェラッカ船に乗って、ドンゴラリーチまで下った。"エチ
オピア"(婉曲な言い回しで売春宿のこと)に行った。狂犬病の犬に襲われそ
うになった。病院の人手不足を補うためのスタッフとして、帝王切開手術の
麻酔薬係をした。次に、僕は紅海の丘陵の鉱物調査をしている地質学者と行
動を共にすることにした。
ここはノマド(遊牧民)の国だ。この国の遊牧民はベジャ民族。そう、あ
のキップリングの"fuzzy-wuzzies"の詩の中で歌われ、エジプトのファラオ王
を、そして英国の騎兵隊を物ともしなかったベジャ民族だ。
『ソングライン』(17ページ)
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僕は高校の世界史の授業を、ほとんど聴いていなかったので、ここで、
ちょっとイギリスの歴史の復習をしますね。(^-^;
19世紀末、イギリスはインドに関心を持っていました。インドがお金儲け
のために重要拠点になりつつあったのでしょうね。そのインドへのルートを
確保するために、その途中にあるエジプトもコントロール化に置こうとして
いたようです。
ところが、1881年以降エジプトの南に位置するスーダンで、暴動が急速に
広がって行きます。中心となったのがイスラム復興主義を唱えたマフディ。
そして兵士としてそれを支えたのが遊牧民のベジャ。
彼らの戦いは、たとえば砂の下に隠れていて、英国の騎兵隊が彼らのそば
にくると、突然砂の下から現れて、馬のふくらはぎの筋肉を刀で切ってしま
う。その後、落馬した英国兵を殺すというよう、当時の英国人には予想もし
なかった戦い方。
ナポレオンにも屈しなかった無敵の英国騎兵隊が、このスーダンの地で大
敗してしまうのだそうです。
英国人のブルースにとってのスーダンは、彼らの先人である英国戦士が多
数命を落とした場所。そこに行きたいと思ったブルースの思いは、単に遠く
地平線を眺めていたいという目的だけではなかったに違いありません。英国
人である彼自身のルーツ、彼自身が今寄って立っている歴史的な場所を、彼
自身の目で見たかったのかもしれません。
そして、そんな彼の思いを読み取れなかった上司への失望感も読み取れます。
(興味のある方は、映画『サハラに舞う羽(The Four Feathers)』を見て
くださいね。)
英国人にとってのスーダンは、アメリカ人にとってのベトナムのような場
所なのでしょうか。では、日本人にとってどこなんだろう?
シベリア? ミッドウェイ? ヒロシマ?
そして、その地を訪れたいと思うときの気持ちは、どんなだろうか?









