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2006年05月 アーカイブ

2006年05月03日

アボリジニの哲学

アボリジニの哲学
 英会話プライベートレッスンの先生、ヘルナンデスさんの自宅の玄関には、
タイの友達からもらったという大きなブッダの置物があります。

 「ブッダがこの家を守ってくれているような感じがしますね。」

と言ったら、とても喜んでくれました。

 レッスンは早いもので今日で4回目。スピードも、だんだんと速くなって
きました。今日は『ソングライン』の8ページから13ページまで。


 ブルースがアルカディと初めてあった日、アルカディは、アボリジニに
ついて、ドリームタイムについて、そして、ソングラインについて、早口で
話し続けます。
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「アボリジニは、逃れることの出来ない、地球との高密な係わり合いの中
で生きて行くという哲学を持っているんだ。

 地球は人間に命を与えてくれた。つまり、人間に食物を与え、言葉と智恵
を授けてくれた。だから、人間が死んだ時には、今度は地球が彼を取り返そ
うとするんだ。

(中略)

 アボリジニは地球ととても巧みな係わりあい方をしている。それは、彼ら
が、地球から採取する量が少なければ少ないほど、彼らが地球に返さなけれ
ばならない量が少なくてすむ、というもの。

 彼らは動物や人間を生贄として捧げたりするようなことはしない。その代
わり、彼らが地球からの恵みに感謝したいと思う時には、自らの手首を切り、
その血を地面に撒くんだ。

 だから、当然なんだけど…、地球から採取しすぎてしまったその代償が、
20世紀に起きた数々の戦争で流された人々の血なんだよ。」

                          『ソングライン』11ページより
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 最後の部分の表現、ちょっと強烈ですね。

 頭の中に、大地に流された赤い血を、マグマの奥深く吸い込もうとする
地球の姿が浮かびました。

2006年05月04日

アダムとアボリジニ

wallaby.jpg

『ソングライン』の次の部分を読んだ時、どうしても『創世記(旧約聖書)』
と『古事記』を読み直して、比べてみたくなりました。

アルカディがブルースに、「ドリームタイム」について、説明しようとして
いる部分です。

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 「ドリームタイム」の概念を理解するためには、旧約聖書の『創世記』
の最初の二つの章に相当する部分がアボリジニにもあって、そこには
一つ重要な違いがあるんだ、ということを知っておかないといけないん
だ。

 『創世記』では、主が最初に生き物を創造し、泥から最初の人間、
アダムを作った。

 オーストラリアでは、先人達が泥から自分自身を作った。何百も何千も
の仲間を一度にだ。そして、その一つずつが別々の種族だった。

 アボリジニが君に「僕にはワラビー・ドリーミングがある」と言ったとす
る。それは、「僕の家系はワラビー」、「僕はワラビー族に属している」と
言う意味なんだ。


                          『ソングライン』(12ページより)
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 アボリジニの社会には上下関係というものはなく、全ての人々が平等だと教
えてもらったことを思い出しました。

 それは、アボリジニの先人達は、たくさんの種族が同時に生まれたという
ことに関係しているのかな。

 旧約聖書では、最初にアダムが生まれ、古事記ではアメノミナカヌシが最
初に登場する。

 アボリジニは、誰が一番、何族が二番といような順位が無いようですね。
みんな、一緒に生まれた。だから、平等。上も下もない。先も後も無い。
ただ、種族が違うだけ。

 そう言うことかな。


2006年05月08日

ラズロー博士の言葉に重なってゆく

ラズロー博士の言葉に重なってゆく
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アルカディは説明を続けた。アボリジニの先人は国中を旅しながら、彼が歩
いた跡には言葉と音符を残していったこと、そして、この「ソングライン」
は遠く離れた別の種族たちと連絡を取り合うための手段として、現在もこ
の大地に張り巡らされていることを。

「歌は地図であり、方向探知機でもあったんだ。もし君がこれらの歌を知っ
ていれば、いつでも君は、この国中の道程がわかるのかもしれないね。」
(アルカディ)

                    『ソングライン』13ページより
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 A Song was both map and direction-finder.

遥か昔、先人達がオーストラリアのいたるところに残していってくれたもの。
目には見えないけれども、その歌にアクセスすることができれば…

「ソングライン」は、『地球交響曲第五番』のアルビン・ラズロー博士の
「宇宙は記憶を持っている」という考えと、同じことを言っているのではと思
いました。

 The universe has memories.

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一度生まれた情報は量子エネルギー場に痕跡を残し決して消え去らない。
過去に起こった全ての出来事は、今、現在もここにありその痕跡にアクセス
する方法さえ知っていれば現在に甦らせることができる。過去は今も生きて
いる、ということでです。

             アルビン・ラズロー『地球交響曲第五番』より
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オーストラリアの先住民の神話が、ハンガリーの物理学者の理論に重なって
くのを感じながら、久々に熱い読書の日々を送っています。

ますます『ソングライン』にはまっています。(^-^)


2006年05月09日

えっ、そこって笑うとこ?

・ロ・・皈ケ

えっ、そこって笑うとこ?

ヘルナンデス先生との英会話のプライベートレッスンは、こんなふうに進んでいます。

1)僕が「ソングライン」を声を出して読む。
2)先生が、発音、イントネーション等、気になる部分を直してくれる。
3)区切りの良い所で止まり、わからない箇所を質問する。
4)読んだ部分に対するお互いの感想、考えたことなどについて話し合う。


さて、先週のレッスンの時でした。
僕は、下記の部分の意味がわかりませんでした。

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理論的には、オーストラリア全土は、楽譜に置き換えることができたんだ。
この国の岩も入江も、歌として歌えないもの、歌われなかったものは、全く
といっていいほど存在しないんだ。

もしかしたら、誰かが、苦労するかもしれないけど、「ソングライン」を"イ
リダスとオデッセイのスパゲッティ"として、映像化すべきなのかもしれない。

                    『ソングライン』13ページ
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そして、ヘルナンデス先生は、「イリダスとオデッセイのスパゲッティ」の部分で笑ったのです。まさに、僕がわからなかった部分でした。僕がわからない部分が、笑うところだったみたい。 ちょっと悔しい。(^^;

 「じゃあ、"イリダス"と"オデッセイ"は、来週までの宿題ね。」
  (ヘルナンデス先生)

「イリダス」、「オデッセイ」は、ギリシアの詩人ホメロスが書いた英雄叙事詩。それが、スパゲティーのように絡み合って…???

西欧人にとってのギリシア神話とは、どんな意味を持つのでしょう。

そして、アイルランド人にとってのケルト神話、アボリジニとってのソングライン、そして、今の僕を知らず知らずのうちに形作っている何か。

それは、各々の国の人々の奥底に地下水のように静かにそこにあって。

でも、その地下水は、実は、もっと深い部分で全てが大きな海のように繋がっていて…

タフで面白い宿題がでてしまいました。(^^;

2006年05月10日

「スパゲッティ」から連想すること

homer2.jpg

今回の宿題は、下記の部分が何を意味するのか考えてくること。


 「イリダスとオデッセイのスパゲッティ」
 (a spaghetti of Ilidias and Odysseys)


ギリシア神話に対する知識がほぼゼロ、付け焼刃な的な勉強で、同神話を理解しようとしている僕の答えは次の通り。

「えっと…ホメロスが作ったギリシャ神話の"イリダス"と"オデッセイ"。
きっと、たくさんのエピソードで構成されているでしょうから…
だから、ソングラインは、スパゲティーみたいに二つの神話が複雑に絡みあっているのようなもの…見たいな意味ですか…(^^;」


一方、ヘルナンデス先生は、

「そう言う意味かもしれないわね。」

「でも、作者がどんな意図で、そんな表現をしたのか、本当の理由を知ることは難しいわよね。」

と、前置きをした上で、「イリダスとオデッセイのスパゲッティ」を読んだ時、彼女が思わず笑ってしまった理由を話してくれました。

彼女は、「スパゲティ」の単語から、「スパゲティ・ウエスタン」(日本語ではマカロニ・ウエスタン)を連想したそうです。「スパゲティ・ウエスタン」は、イタリア人が創作したアメリカの西部劇。

だから、「スパゲティ・オブ・イリダス&オデッセイ」は、彼女に「オーストラリア人が創作したギリシャ神話大作」というような連想をさせたようです。


 スパゲティ
   ↓
 スパゲティ・ウエスタン(マカロニ・ウエスタン)
   ↓
 イタリア人が創作したアメリカの西部劇
   ↓
 スパゲティ・オブ・イリダス&オデッセイ
   ↓
 オーストラリア人が創作したギリシャ神話大作


どれほど上手くアメリカの西部劇を演じても、どうしてもイタリアの匂いを隠せない。それは、主食のパスタで醸成れた身体から、染み出しまうものなのでしょうか。欧州人同士はその匂いを敏感に感じ取ることができる。

日本人が演じる欧州の演劇を例えるとしたら、「五穀米シェークスピア」とか、「豚骨風ギリシャ神話」みたいな表現かな。

2006年05月18日

物悲しさを感じさせる理由

Winding Paths

チャットウインはアングロサクソン語で、Winding Paths(曲がりくねった道)
という意味。本当に偶然、僕は「Winding Path」というタイトルの彼
の写真集があるのを見つけてしまいました。

今日は英会話のプライベートレッスンの日。写真家でもあるヘルナンデス先
生に、この写真集を見てもらうことにしました。ETCに彼女を紹介してもらっ
たのは、プロのカメラマンと写真について話しをしてみたいと言う理由もあ
ったからです。


スーダンの砂漠、ナスカの地上絵、イスタンブールの魚市、ネパールのショー
ウィンドウ、アフガニスタンを走るトラック、モスクワの街並み、バリの寺
院、西アフリカの人々、パタゴニアに住む親戚との写真…

彼が旅をした場所にも原因がありますが、どの写真も砂っぽく、乾いた感じ
がしました。また、どことなく寂しさを感じるのです。


 「この写真を撮ったのはいつ頃かしら?」(ヘルナンデス先生)

彼が旅をしていた時代、60年代から80年代の写真なのでしょう。

 「その時代のフィルムって、こんな感じに写るのよ」(ヘルナンデス先生)


僕たちは最近、デジタル写真に目が慣らされてしまっているかもしれないと
のこと。デジタル写真は、色にとてもインパクトがあって、一目見ただけで
「うわっ、凄い」と感じるようなものが多いのだそうです。空は、とても青
くって、草の葉は、奇麗な濃い緑で。

一方、彼が写真を撮っていた時代に使われていたフィルムのデジタル写真に
比べ控えめなの色合いは、知らず知らずのうちに、僕たちにその時代を、その
時代の出来ことを思い起こさせているのかもしれない。そして、懐かしく
とも、決してそこへは戻ることができないその時代の記憶は、どこか物
悲しく、郷愁を感じさせる理由になっているのかもしれません。


 「私は彼の写真が好きよ。とても、プレイン(plain)で。
  これはこんな角度で撮ろうみたいな作為がなくて。
  彼が見たまま、そのままの写真。」(ヘルナンデス先生)


(こういう写真を表現する時に、プレイン(plain)という単語が使えるんで
すね。しかも誉め言葉として。)


どう見せよう、どう撮ろうという撮り手の作為の無い写真。そんなものさし
でもう一度、僕の周りにある写真を見直してみました。

すると、殆どの写真から作者の狙いが、うるさいくらいに聞こえてくるよう
で。なかには耳を塞ぎたくなってしまうような写真もあって。

んっ? この場合、耳ではなくて、目かな??

チャットウインの写真は、相変わらず無音。いや、耳を澄ましてみると、楽
しげではあるけれど、彼の静かな声だけが聞こえてくるようです。そして、
その声に、僕はもう一度寂しさを感じてしまうのです。


2006年05月24日

兄弟探し

キッチン・ストーリ

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大伯母は決して僕を怒鳴ったりしなかった。あの時を除いて。
1944年5月のある夜、僕は風呂の水の中におしっこをしてしまった。

「もし、もう一度やったら、ボナパルトがお前を捕まえにくるわよ!」

大伯母はそう言って怒った。

僕は、ボナパルトの亡霊に怯えた最後の子供に違いない。

                    『ソングライン』(7ページ)
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ボナパルト…? そうです。ボナパルト・ナポレオンです!

僕が子供の頃は、

「お母さんの言うこと聞かないと"怖いおじさん"が来て連れてかれるわよ!」

と叱られたなあ。


そもそも、世界史落第生の僕には、ナポレオンは「ヨーロッパの英雄」程度
の知識しかなく、ヨーロッパ人は皆彼をヒーローとして崇拝しているとばか
り思っていました。

ところが、英国人のブルースにとってのナポレオンは、僕にとっての"怖いお
じさん"、秋田の子供達にとっての"なまはげ"のような存在だったんですね。
英国に驚異を与えたフランス人のナポレオン。なるほど、英国人の視点で考
えれば、「子供が怯えあがる怖いおじさん=ナポレオン」というのは、理解
できます。


そう言えば、隣国同士の間には、様々な"突付き合い"があったことを思
い出しました。

「決して勤勉とはいえないのに、この国ではマレー人が優遇されている」と
学校制度の不平等を訴え、小学生の娘の将来を心配していた中国系マレーシ
ア人。

「僕たちの国とは違って、彼らは広大な土地と資源に恵まれているからね。
そんなにあくせく働かないんだ。だから、この国は僕たちにとってチャンス
なんだよ」と、こっそり教えてくれたオーストラリアの企業で取締役に昇進
したニュージーランド人。

 アイルランド人の英語のアクセントとギネスビールの味の濃さをギャグに
して笑っていた英国人紳士…

 北欧では、どうでしょう。

 『キッチン・ストーリー』というノルウェー人監督の映画を見たことがあ
ります。ノルウェー人の老人とスウェーデン人の会社員の奇妙な関係がやが
て友情に発展して行くという心温まる映画。でも、随所にノルウェー人の監
督がスウェーデン人のことを滑稽に描いているのがわかるんですよね。

 友人のペオさんに、ノルウェー人とスウェーデン人の関係について質問を
してみたことがあります。ペオさんは、すこし喋りづらそうな笑いを浮かべ
ながら、こんな風に教えてくれました。

 「う~ん…。ノルウェー人とスウェーデン人はよく似ていますよ。
  兄弟みたい。だから、時々兄弟喧嘩するんです。(笑)」

 なるほど、先にも書いた隣国人同士の突付き合いも、兄弟喧嘩に置き換え
ると良く理解できるなあ。

 でも、兄弟といっても、大喧嘩して疎遠状態になってしまった兄弟がある
と思えば、本当に繋がりの強い仲の良い兄弟もありますよね。


 日本には八百万の神様がいるそうです。『ソングライン』を読んだことが
きっかけなのですが、ギリシャ神話には、この八百万の神々に負けず劣らず、
覚えられないほどに沢山の神様が登場していることに気付きました。ケルト
民族の神話も同じ。ラップランドの人々は、日本の古代神道と同じ様に、
山、河、湖等々、自然の中に様々な神が宿っていると信じているそうです。

 僕がブルース・チャットウインの本にはまっているのは、一見直接の繋がり
がなさそうな、僕と英国人のブルース、そして日本人とヨーロッパの人々と
の間に、兄弟のような不思議な繋がりを見つけられる予感がしているからな
のです。

2006年05月25日

会社を辞めた理由

UTZ

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僕が20代の時、有名な芸術品のオークション会社で、現代絵画の専門家とし
て働いていた。僕の将来は光り輝いていた。選択さえ間違わなければ、将
来は大いに出世するだろうと周りからは言われた。

ある朝目覚めると、僕の目は見えなくなっていた。

                     『ソングライン』(16ページ)
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医者には、「絵を見る時、目を近づけて過ぎていることが原因。たまには、
遠くの地平線でも眺めたらどうか」と薦められます。そこで、ブルースはア
フリカのスーダンへ旅立ちます。視力はスーダンに到着するとすぐに回復。
帰国後、オークション会社の「サザビーズ」を辞めてしまいます。

文中には退職の明確な理由は語られていません。どうも、オークション会社で
の仕事に嫌気がさしてしまったようです。優秀な人材だったようなので、美術
品に関する知識は勿論のこと、販売実績もずば抜けていたのでしょう。
でも、僕には目に見えないソングラインを巡りオーストラリア旅をするブルー
スの姿と、物にこだわる美術品販売の仕事が、どうしても相容れないものに
感じられるのです。


彼の著作の中で、唯一映画化された作品があります。


『マイセン幻影』(1993年)。
 (原作は『UTZ』、邦題は『ウッツ男爵-ある蒐集家の物語』)


陶磁器に詳しい祖母の影響を受け、マイセン磁器の収集家となったフォン・
ウッツ男爵のお話し。舞台は社会主義国時代のチェコ。

僕が東欧に駐在していたのは、社会主義体制が崩壊した直後でしたが、まだ、
街の中にも、人の中にも旧体制の香りがしっかりと残っていました。

映画が撮影されたのもおそらく同じ時期。ヨーロッパの歴史をそのままに、
古く美しい街並みも、どこか地味で暗く、重く抑圧されていたチェコの雰囲
気が、映画にもしっかりと映し出されています。

東欧の人々特有(?)の地味だけど気品高いウッツ男爵の姿が、いざ価格交渉と
なると、芸術品への所有欲、物欲がその気高さをどんどんと崩して行き、滑
稽にさえ見えてきます。

ところが、死期を間近に感じるようになると、数百万ドルといわれた彼のコレ
クションを、妻のマルタに言って全て床に叩きつけて壊してしまいます。そ
れは、死を間近に感じ、物にこだわることの儚さを悟ったからのようにも思
えます。

僕は、このウッツ男爵の姿に、将来を嘱望されながらもオークション会社を
退職したブルースの姿が投影されているのではと思います。

形ある物ではなく、目に見えないものに価値を追い求める生き方。

それが、彼の「ソングライン」を巡る旅に繋がっているような気がします。

そして、10年前に僕が会社を辞めた時、あの時追い求めていたものはなん
だったのだろうか。もう一度思い返しています。

2006年05月30日

イギリス人にとってのアフリカ

・オ・マ・鬢ヒノヲアゥコャ

 イギリス人にとってアフリカ、そしてスーダンとはどんな意味を持つ場所
なのでしょうか?

 ブルースが20代の頃、サザビーという大手のオークション会社で働いてい
ました。若いにもかかわらず、現在絵画の専門家として将来を嘱望されてい
たそうです。

 ところが、ある朝目覚めると、目が見えなくなっていました。医者には、
あまりにたくさんの絵を、目に近づけすぎて見みていたため。たまには、どこ
か地平線の見えるようなところにいって、目を休めたらどうかと勧められます。


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 「いいですね。」と僕は言った。

 「どこか行きたいところがあるのかな?」(医者)

 「アフリカです。」

 会社の会長は、僕の目になにか問題があることには認めたが、僕がなぜア
フリカに行かなければならないかということについては理解することができ
なかった。

 僕はアフリカに旅立った。スーダンに。僕の視力は現地の空港に到着する
時までには回復していた。

 僕は物売り用のフェラッカ船に乗って、ドンゴラリーチまで下った。"エチ
オピア"(婉曲な言い回しで売春宿のこと)に行った。狂犬病の犬に襲われそ
うになった。病院の人手不足を補うためのスタッフとして、帝王切開手術の
麻酔薬係をした。次に、僕は紅海の丘陵の鉱物調査をしている地質学者と行
動を共にすることにした。

 ここはノマド(遊牧民)の国だ。この国の遊牧民はベジャ民族。そう、あ
のキップリングの"fuzzy-wuzzies"の詩の中で歌われ、エジプトのファラオ王
を、そして英国の騎兵隊を物ともしなかったベジャ民族だ。

                     『ソングライン』(17ページ)
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 僕は高校の世界史の授業を、ほとんど聴いていなかったので、ここで、
ちょっとイギリスの歴史の復習をしますね。(^-^;  

 19世紀末、イギリスはインドに関心を持っていました。インドがお金儲け
のために重要拠点になりつつあったのでしょうね。そのインドへのルートを
確保するために、その途中にあるエジプトもコントロール化に置こうとして
いたようです。

 ところが、1881年以降エジプトの南に位置するスーダンで、暴動が急速に
広がって行きます。中心となったのがイスラム復興主義を唱えたマフディ。
そして兵士としてそれを支えたのが遊牧民のベジャ。

 彼らの戦いは、たとえば砂の下に隠れていて、英国の騎兵隊が彼らのそば
にくると、突然砂の下から現れて、馬のふくらはぎの筋肉を刀で切ってしま
う。その後、落馬した英国兵を殺すというよう、当時の英国人には予想もし
なかった戦い方。

 ナポレオンにも屈しなかった無敵の英国騎兵隊が、このスーダンの地で大
敗してしまうのだそうです。


 英国人のブルースにとってのスーダンは、彼らの先人である英国戦士が多
数命を落とした場所。そこに行きたいと思ったブルースの思いは、単に遠く
地平線を眺めていたいという目的だけではなかったに違いありません。英国
人である彼自身のルーツ、彼自身が今寄って立っている歴史的な場所を、彼
自身の目で見たかったのかもしれません。

そして、そんな彼の思いを読み取れなかった上司への失望感も読み取れます。

 (興味のある方は、映画『サハラに舞う羽(The Four Feathers)』を見て
くださいね。)


 英国人にとってのスーダンは、アメリカ人にとってのベトナムのような場
所なのでしょうか。では、日本人にとってどこなんだろう?


  シベリア? ミッドウェイ? ヒロシマ?


そして、その地を訪れたいと思うときの気持ちは、どんなだろうか?


Links

SONGLINES』はETCからご紹介いただいたHernandez先生(渋谷区外苑前)と一緒に読み進めています。