Daily Archives: 2002年12月25日

News # 08:東欧のクリスマス

 誰に思いを馳せますか?

   東京プロフェッショナルズ
~Tokyo Professionals’ Newsletter ~

By Hirofumi AOKI [hiro@aoki.com]

News # 08:東欧のクリスマス

●1990年、日本がバブルで浮かれていた頃

1990年9月から、僕はカシオ計算機のハンガリーの初代駐在員として、一人ブ
タペストに駐在していました。

言葉はマジャルー(ハンガリー)語。英語を話せる人は少なく、また同国の
気質なのか、なかなかすぐに友達が出来ず、当時は独身だったために、その
年のクリスマスは一人で過ごす事になりました。

「しょうがない。クリスマスで賑わう繁華街にでも繰り出すか」

と、ブタペストのメインストリート、ベッチー通りに来てみたのですが、ど
うも様子がおかしいんです。

午後3時過ぎくらいから、一つ二つとお店が締りだし、6時過ぎにはすべての
レストランやショップの灯りが消えてしまいました。

その時初めて気がついたのですが、同地では、聖なる夜であるクリスマスは、
皆家に帰り、家族と一緒に過ごすため、レストラン、ショップ、会社はお休
みになってしまうのでした。

夕食を食べていない僕は、ここなら大丈夫だろうと思い、当時ブタペストに
一軒だけあった中国料理屋に行ったのですが、そちらもお休み。スーパーマー
ケットも閉まっていて食料も買えませんでした。

仕方が無いので、その晩は、アパートに帰り、ハンガリー米を炊き、さばの
味噌煮の缶詰とインスタントの味噌汁で晩御飯をすませました。

●女子大生ケイト

翌年僕は、より大きな商売が生まれつつあったポーランドに事務所を移転し
ました。言葉はポーランド語。同地でも知り合いがいるわけではなく、すべ
てゼロから始めなければなりませんでした。

ワルシャワのマリオットホテルに滞在中、時々僕の部屋のハウスキーピング
をしていた女子大生のケイトと話しをする機会がありました。僕は、ケイト
に日中は秘書としてお仕事を手伝ってもらうことにしました。

彼女は仕切屋でした。僕のワルシャワでのアパート探し、事務所物件の契約、
通訳、留守番電話のポーランド語メッセージの録音、弁護士探しなど、言葉
もわからず地の利も無い僕が一人でやっていたら、大変な時間が掛かってい
ただろう事柄が、彼女のおかげでどんどん進んで行きました。

●6人目の食器

1991年のクリスマスは、ケイトの提案で、僕にポーランドのクリスマスを体
験させてくれることになりました。

メンバーは、ケイト、ケイトと同じマリオットでハウスキーピングをしてい
る女友達、NECポーランド事務所勤務のケイトの元彼、半年ほど遅れてワルシ
ャワ駐在になった同僚の福田さん、そして、僕の5名でした。場所は福田さん
の社宅。

ケイトと女友達は、「クリスマスには母がこれを作ってくれた」と、ポーラ
ンドの家庭料理を作ってくれました。僕は、5名分の食器を用意して、盛り付
けをしていたところ、ケイトが

「もう一つ、お皿を出して」

と言いました。

ぼくは、余った料理を取り置きしておくのだなと思い、小さ目のお皿を出し
たところ、

「そんなお皿じゃだめ!」

と、急にケイトが怒り出したのでした。

「そんなお皿じゃ、ゲストに失礼だわ!」

ゲストが来るという話しは聞いていなかったし、状況がわからない僕は、ケ
イトに話しを聞きました。

ポーランドでは、クリスマスの夜、何かの理由で、たった一人で過ごさなけ
ればならなくなってしまった人が、突然自分の家を訪ねてきたとしても、そ
の人を温かく迎え、自分達と同じ食事でおもてなしできるよう、常に家族の
人数+一名のお料理を用意しておくのだそうです。

また、本当はクリスマスに一緒に過ごしたかった「あの人」が、もしかした
ら、突然、クリスマスの夜に訪ねてきてくれるかもしれない。その大切な人
に思いを馳せると言う意味も有るようです。

ケイトには、生き別れのお父さんがいました。クリスマスの夜、ケイトは、
そのお父さんに思いを馳せていたのだと、ぼくは感じました。

●イエス様のビスケット

食事の後、僕達は席を立ち、一人一枚づつイエス様の絵が描かれたビスケッ
トを持ち、二人一組で向い合いました。そして、目の前にいる相手に対して、
自分がどんな思いを持っているか、来年はその人にとってどんな年になって
欲しいかを告げた後、お互いのビスケットを少しづつ割って食べました。

ケイトは、僕の目をみながら、僕にどんな思いを寄せているか、来年は僕に
どうなって欲しいかを話してくれました。

僕は、ケイトに

「来年は、ケイトがお父さんに会えますように。一緒にクリスマスを過ごす
事が出来ますように」

と告げました。

ケイトの目からは涙がこぼれていました。

1991年、日本がまだバブルに浮れていた頃。

クリスマスには、東京のどのレストランも、そしてホテルも予約でいっぱい
だった頃、ぼくは東欧で、こんなクリスマスを過ごしていました。(^-^)

By Hiro

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